ところで、最近、夏休みらしく子どもが主人公の話を読んでいます。
数年前に湯本香津美さんの「夏の庭」「ポプラの秋」が気に入って、これは
何度も読み返したのですが、今年の「新潮文庫の100冊」はしおりに「夏の庭」が気に入った人におすすめ、の何冊かが推薦してあって、それを手がかりに読み始めてハマりました、梨木香歩さん。
この人の小説はたいてい主人公が少女なのですが、特徴的なのは、祖母や母、先祖代々からの心のつながりみたいなことをとても大事にしていて、子どもの時に読んだらまた別なのでしょうが、今の私が読むと、むしろまわりの大人の描き方の緻密さに感じ入ってしまうのです。
大人の女の人も、昔は少女だったし、今も少女の部分を持ち続けているっていう当たり前の事実を、リアルタイムで現役「少女」をやっている主人公に、気付かせる瞬間がせつないです。
「西の魔女が死んだ」という小説は、登校拒否が昂じて祖母の家に暮らしにいく少女が主人公ですが、たとえば、そのおばあさんの話。
裏山に見事な野いちごを見つけた少女とおばあちゃんの会話。野いちごが増えたのは、おじいちゃんが死んだ年からなんだという説明に、主人公の少女が「まるでおじいちゃんからのプレゼントのようだね」というと、おばあちゃんいわく「本当にそうなのです、なぜなら、(中略)その日は私の誕生日でしたから。私にはその意味がわかりました。おじいちゃんは、それまで私の誕生日を忘れたことはありませんでしたから」と答えます(ちなみにおばあちゃんは外国からお嫁にきたのでこういう話し方なのです)。
もうここらへんでハナミズすすってしまうんですね、つい...。
なんだか、夏休みの読書感想文を書いている気分になってきました。
この、全編に流れる旧いもの(物&者)をやさしく慈しむ感じがとても好きで、今、梨木さんは5冊くらい読破してしまいました。この人の作品が映画化されるとしたら、こんなサントラが似合います、みたいな曲が書けたらいいな。
それから、今日読み始めたのは、森絵都さん。この人直木賞作家なんですね。「アーモンド入りチョコレートのワルツ」。
「ピアノの音色は人のこころの足りないところを埋めてくれる」なんてフレーズにはひれ伏しちゃいますね。どうしよう...。うしろめたいです。あ、いや、自分のことは置いといて、確かにピアノってそうですよね。。。
それから、表題作の冒頭のこのフレーズなんて、ほとんど一篇の詩です。
「ワルツには翼が生えている。
音符のひとつひとつが翼を持っている。
それはまるで妖精のように宙を舞い、
しゃらしゃらと踊りながらわたしにいくつものキスをする。
ワルツはわたしに教えてくれる。
何を忘れて、何をおぼえていればいいのか。
何もかもすべてをおぼえているわけにはいかない。
楽しかったことをおぼえていなさい、とワルツは言う。
大好きだったひとのことをおぼえていなさい、とワルツはうたう」
前に友達に誘われて見に行った自主上映の映画の中で(場所は洋館マニアにはたまらない、ライトの名作、自由学園の「明月館」でした)、シャルル・トレネの「詩人の魂」で吉田日出子さんがワルツを踊る場面があまりに美しくて印象的でした。ワルツって、美しい人生の象徴のようです。
(ちなみにそれは、坪川拓史さんの「美式天然」という映画でした。)
そういえば、ビビアン・リーが蛍の光でワルツ踊る映画もありました。
読書感想文だとここらでオチつけなきゃならないのですが、大人の感想文にオチはなし。昔は無理に「○○はえらいと思いました」とか妙なオチつけて、今から思うと恥ずかしかったので...。

