
シェイクスピアの詩「君を6月のバラにたとえたい」というのを昔教わったことがあります。
先生(男性でした)いわく
「6月というからって、日本の湿度80%の梅雨を思い出してはいけません。そんなじめじめした女性は私はいやです。英国の6月は、ちょうど日本の5月くらいのさわやかな気候です。June Brideというのがもてはやされるのもそういう背景があってのことなので、まねして6月に結婚すりゃいいというものでもありません」
とのことで、つまり、外国のものを鑑賞するときは、訳語の背景にある大きな文化・風土の違いに気を配ることも大切なのだ、という目からウロコの話でした。
たぶん、そのあと授業はソシュール言語学、とかそんな方向に行ったのだったと思いますが、私が一番覚えているのは、「そんなじめじめした女性は私はいやです。」....。
というわけで、外国の歌にでてくる月の名前も、日本の常識では図れない数々のバックラウンドがあることになります。
ボサノヴァの名曲「3月の雨」は、日本ならこれから春だけれど、南半球のブラジルの曲なので、晩秋の曲。「How about you」というスタンダードナンバーには「僕は6月のニューヨークが好きだけど君はどう?」というくだりがありますが、ニューヨークの6月は緯度的にはシェイクスピアの6月と同じなのか...?「September Song」は人生の秋について語った曲で、でもまあ、人の一生を一年にたとえて12分の9の地点、という事実に変わりはないのでこれはそんなにブレはないのかしら。「My One & Only Love」という曲では「あなたへのこの想いで私の心は4月のそよ風のように唄いだす」とあるのだけど、アメリカの4月は日本と一緒なのか...?
ところで、私の大好きな曲に「April in Paris」というのがあるのですが、これは、「パリに行ったことがないアメリカ人作曲家が4月のパリをイメージしてつくった曲」です。カウントベイシー楽団が「これぞ春!」という感じで華やかに演奏しているバージョンが有名ですが、私はもっとしっとりした感じで弾くのが好きです。
実は5日間だけだけど、4月にパリに滞在したことがあります。まだ4月も初旬だったからか、それとも毎年そうなのか、まだちょっと寒くて曇りの日が多くて、「なんだ〜意外に地味...」とか思った覚えがあります。で、ホントはそのあと急展開があって百花繚乱、華麗なるパリの4月が繰り広げられたのかもしれませんが、日本に帰ってきてしまったので、私の「パリの4月」のイメージはこれになりました。ベイシーを知っている人にとってみると「地味」に聞こえるかもしれないのですが。
ちなみにこの曲はエラやダイナ・ショアがバラードで歌っていて、それもステキなのですが、私が知っている「パリの4月」の空気に最も近かったのは、Thad Jonesというトランペッターがクインテットで吹き込んだヴァージョンです。イントロのマックス・ローチのブラシを聴いた途端、「ああ、これこれ!」と思って、あとでレコード(CDじゃない)も買ってしまいました。静謐で、少し内省的なところのある、心にしみる名演です。

サド・ジョーンズはベイシー楽団に在籍して、ビッグバンドヴァージョンのこの曲のソロを華やかにとっていた人ですが、自分のアルバムでこんなふうに演奏したかったのは、ビッグバンドでやるのとは違う味を出したかったのか、それとも私のように曇れるパリで寒い思いをしたのか....?
ふと見たら、ライナーノーツに、この録音の20日前にトランペッターのクリフォード・ブラウンが亡くなっていたことが書いてありました。ともにバンドをやっていたマックスローチが同じ楽器のサド・ジョーンズと演奏するとき、亡き人のことを思い出さないわけはなかっただろうと思われます。
そう思うと(考えすぎ?)、このレコードの演奏は意味深く聞こえてきます。
「6月のバラ」ではないですが、音楽にも、音のひとつひとつに、大きなバックグラウンドがあることを教えてくれた1枚でした。逆にいえば、音楽の場合、「パリの4月」を知らなくても、音から何かを感じ取れれば、それがもう、その音楽の贈り物なのだとも思いますが。
というわけで、私は今でもこのレコードのジャケをうちの玄関に飾っています。

