ピアニスト廣田ゆりの部屋

ジャズピアニスト廣田ゆりのサイト。本人が参加しているノスタルジックジャズバンド「黒船レディと銀星楽団」のサイトにもリンクしています。

2008/4の桜

 シェイクスピアの詩「君を6月のバラにたとえたい」というのを昔教わったことがあります。

 先生(男性でした)いわく
「6月というからって、日本の湿度80%の梅雨を思い出してはいけません。そんなじめじめした女性は私はいやです。英国の6月は、ちょうど日本の5月くらいのさわやかな気候です。June Brideというのがもてはやされるのもそういう背景があってのことなので、まねして6月に結婚すりゃいいというものでもありません」
とのことで、つまり、外国のものを鑑賞するときは、訳語の背景にある大きな文化・風土の違いに気を配ることも大切なのだ、という目からウロコの話でした。
 たぶん、そのあと授業はソシュール言語学、とかそんな方向に行ったのだったと思いますが、私が一番覚えているのは、「そんなじめじめした女性は私はいやです。」....。

 というわけで、外国の歌にでてくる月の名前も、日本の常識では図れない数々のバックラウンドがあることになります。
 ボサノヴァの名曲「3月の雨」は、日本ならこれから春だけれど、南半球のブラジルの曲なので、晩秋の曲。「How about you」というスタンダードナンバーには「僕は6月のニューヨークが好きだけど君はどう?」というくだりがありますが、ニューヨークの6月は緯度的にはシェイクスピアの6月と同じなのか...?「September Song」は人生の秋について語った曲で、でもまあ、人の一生を一年にたとえて12分の9の地点、という事実に変わりはないのでこれはそんなにブレはないのかしら。「My One & Only Love」という曲では「あなたへのこの想いで私の心は4月のそよ風のように唄いだす」とあるのだけど、アメリカの4月は日本と一緒なのか...?

 ところで、私の大好きな曲に「April in Paris」というのがあるのですが、これは、「パリに行ったことがないアメリカ人作曲家が4月のパリをイメージしてつくった曲」です。カウントベイシー楽団が「これぞ春!」という感じで華やかに演奏しているバージョンが有名ですが、私はもっとしっとりした感じで弾くのが好きです。

 実は5日間だけだけど、4月にパリに滞在したことがあります。まだ4月も初旬だったからか、それとも毎年そうなのか、まだちょっと寒くて曇りの日が多くて、「なんだ〜意外に地味...」とか思った覚えがあります。で、ホントはそのあと急展開があって百花繚乱、華麗なるパリの4月が繰り広げられたのかもしれませんが、日本に帰ってきてしまったので、私の「パリの4月」のイメージはこれになりました。ベイシーを知っている人にとってみると「地味」に聞こえるかもしれないのですが。

 ちなみにこの曲はエラやダイナ・ショアがバラードで歌っていて、それもステキなのですが、私が知っている「パリの4月」の空気に最も近かったのは、Thad Jonesというトランペッターがクインテットで吹き込んだヴァージョンです。イントロのマックス・ローチのブラシを聴いた途端、「ああ、これこれ!」と思って、あとでレコード(CDじゃない)も買ってしまいました。静謐で、少し内省的なところのある、心にしみる名演です。

thad jones


 サド・ジョーンズはベイシー楽団に在籍して、ビッグバンドヴァージョンのこの曲のソロを華やかにとっていた人ですが、自分のアルバムでこんなふうに演奏したかったのは、ビッグバンドでやるのとは違う味を出したかったのか、それとも私のように曇れるパリで寒い思いをしたのか....?
 ふと見たら、ライナーノーツに、この録音の20日前にトランペッターのクリフォード・ブラウンが亡くなっていたことが書いてありました。ともにバンドをやっていたマックスローチが同じ楽器のサド・ジョーンズと演奏するとき、亡き人のことを思い出さないわけはなかっただろうと思われます。
 そう思うと(考えすぎ?)、このレコードの演奏は意味深く聞こえてきます。

 「6月のバラ」ではないですが、音楽にも、音のひとつひとつに、大きなバックグラウンドがあることを教えてくれた1枚でした。逆にいえば、音楽の場合、「パリの4月」を知らなくても、音から何かを感じ取れれば、それがもう、その音楽の贈り物なのだとも思いますが。
 
 というわけで、私は今でもこのレコードのジャケをうちの玄関に飾っています。

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廣田ゆり(ひろたゆり/ピアニスト)
  • Author: 廣田ゆり(ひろたゆり/ピアニスト)
  • 東京都中野生まれ。かに座AB型

    音楽好きの両親と2人の姉のもと、5歳でクラシックピアノを始める。5年で挫折。でも譜面を見ないで弾くのは大好きだった。

    10代で映画にハマリ、名画館通いしているうちに、なんだかむちゃくちゃ気になる音楽があって、しばらくわからなかったのを、誰かがジャズだと教えてくれた。さっそく学生時代はビッグバンドのサークルに入って、でもなぜかトランペットを吹いていた。

    卒業後は就職してバブルOL生活に突入。まじめに働いていた(つもり)が、向かなかった。会社に行きながらまたジャズを、今度はピアノで始めようと思い、ジャズピアニスト元岡一英氏に師事、そのあたたかく雄大な音楽性に影響を受ける。阪神大震災のあった年「人はこの世の中からいなくなってしまう存在」だということをやっと実感し、やりたい音楽をやるためにOLをやめた。

    95年頃よりプロ活動を開始。ソロ、ピアノトリオ、シンガーの伴奏など、ジャズ・ピアニストとしての精進は続行中。

    2003年春、ボーカリスト「黒船レディ」(水林史)に誘われて銀星楽団に「リリー婦人」として参加。楽曲の提供を始め、今日にいたる。2006年10月「古本屋のワルツ」をリリース。

     大事にしていること。明日はどうなるかわからないからこそ、音楽によって、その場の空気を多数の人とわかちあえる瞬間。
     
    趣味。月夜の散歩。古い洋館めぐり。お茶を飲むこと。本を読むこと。絵を見ること。

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  • Author:廣田ゆり(ひろたゆり/ピアニスト)
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    音楽好きの両親と2人の姉のもと、5歳でクラシックピアノを始める。5年で挫折。でも譜面を見ないで弾くのは大好きだった。

    10代で映画にハマリ、名画館通いしているうちに、なんだかむちゃくちゃ気になる音楽があって、しばらくわからなかったのを、誰かがジャズだと教えてくれた。さっそく学生時代はビッグバンドのサークルに入って、でもなぜかトランペットを吹いていた。

    卒業後は就職してバブルOL生活に突入。まじめに働いていた(つもり)が、向かなかった。会社に行きながらまたジャズを、今度はピアノで始めようと思い、ジャズピアニスト元岡一英氏に師事、そのあたたかく雄大な音楽性に影響を受ける。阪神大震災のあった年「人はこの世の中からいなくなってしまう存在」だということをやっと実感し、やりたい音楽をやるためにOLをやめた。

    95年頃よりプロ活動を開始。ソロ、ピアノトリオ、シンガーの伴奏など、ジャズ・ピアニストとしての精進は続行中。

    2003年春、ボーカリスト「黒船レディ」(水林史)に誘われて銀星楽団に「リリー婦人」として参加。楽曲の提供を始め、今日にいたる。2006年10月「古本屋のワルツ」をリリース。

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